謹賀新年 平成17年 元旦 脱工業化社会の新秩序は、 どんな文明をもたらすであろうか? ハイエクの言うように、 「自生的秩序」に対する個人の理性的実践が 社会秩序の自主性を実現し、 文明を進化させるのであろうか? 確かに「進化した獲得物」としての市場や社会秩序は、 既に一定の安定性や妥当性を保持していて、 これらを個人が人間の「意図」をもって 全体的に変革することは困難である。 よって、個人は秩序を重んじ、 それを防衛する行動を為す事によって秩序を正当化し、 その枠組みで文明という社会基盤を支えているのかもしれない。 しかし残念ながら、その文明は予測可能である。 文明が人間の創造的営為のプラットフォーム(舞台)を 提供するのであれば、 これでは如何にも慎まし過ぎるのはないだろうか? もっと個人は人間の「傲慢な意図」を現して、 挑戦的所為を行うのが自然ではないだろうか? 人間はそもそも理性的であり、同時に、本能的である。 その相反する性質を融合するベクトルは 個人の究極的価値認識にあると、私は想う。 文明の進化は、この社会を構成する各個人レベルでの 究極的価値の飽くなき希求によってこそ実現するのだ。 つまり合理的でも非合理的でもない「究極の価値認識」こそが 個人レベルでの選択を促し、 布いては社会秩序に大きな変革をもたらすのである。 そこにはまだ同時代においては 正当性の評価が得られない新秩序(的なもの)が生まれる。 そしてこの不安定で不条理な新秩序こそが、 生き生きとしてブレークスルーに満ちた人間の創造群を 支えるに違いない。
ウィルキャピタルマネジメント株式会社
代表取締役 古我知史